誰にも教えたくないレコードを聴く

アマチュア・オーケストラでヴィオラを弾いています。 過ぎ去りし日、森の中でクナッパーツブッシュのブルックナーの「ロマンティック」交響曲を聴いてこの世界に入りました。一曲を徹底的に聴き比べます。

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独語で歌われた"La Boheme"。ダンケ、とかフローライン、とか言っていて、
独語でかかれたWagnerを伊語で聴くより違和感が強いが、
名歌手が記録を残しているとなると、素通りはできない。

独Gebhardt JGCD 0027-1
Puccini "La Boheme" Scenes
Peter Anders : Rodolfo
Trude Eipperle : Mimi
Hilde Guden : Musetta
Willi Domgraf-Fassbender : Marcello
Berlin Staatsoper
Hanns Steinkopf : cond.
1942.7.7-9

+Bonus
Peter Anders : Rodolfo
Maria Cebotari : Mimi
Artur Rother : cond.
1944, Berlin

驚くべき音質の良さ!特に声の録り方は素晴らしく、歌手の呼吸、全てのニュアンスが
聴き取れる。

それにしても、アンダースとアイッパーレのカップル、完全にローエングリンの世界!
(1951年ケルンでのライヴ、リヒャルト・クラウスの名指揮で、この2人の素晴らしい
"Lohengrin"の全曲を聴くことができる=http://www.1876.net/wagner/lohengrin/r_krauss51.htm

1幕で出会って愛し合い、あとでしょうがなく別れる、という筋も似ている。
ローエングリンの場合、原因は禁問だが、ボエームではミミの持病が原因。
Wagnerでは尻上がりにテナーの出番が増えて熱くなっていくのに対し、
Pucciniでは、テナーの出番はどんどん減って、逆にソプラノが歌い続ける。
それも盛り上がるのではなく、時間をかけて死の床につきながら・・・

これは、この2人の作曲家の音楽的・芸術的見地の違いというより、
人間観、女性観、人生観の違いなのだろうと思う。
女性に言わせると、WagnerもPucciniも、出てくる男性の主役はいずれも許せない奴ばかり
なのだそうだ。一方的な奴、情けない奴、人を踏みにじる奴、などなど・・・

収録場面は、
①1幕、ミミが訪ねてくるところ(ミミ・ロドルフォ)
②1幕、冷たき手を(ロドルフォ)
③1幕、私の名はミミ(ミミ)
④1幕、麗しの乙女(ロドルフォ・ミミ)
⑤2幕、ワルツと幕切れ(ムゼッタ他)
⑥3幕、ロドルフォとマルチェッロの二重唱
    ~別れのアリア(ミミ)~幕切れの四重唱
⑦4幕、ロドルフォとマルチェッロの二重唱
⑧4幕、ミミの死
というように、主要な場面は全て収めてある。
おまけの方は、
⑨1幕、ミミが訪ねてくるところ(ミミ・ロドルフォ)
⑩1幕、冷たき手を(ロドルフォ)
⑪1幕、麗しの乙女(ロドルフォ・ミミ)
⑫3幕、別れのアリア(ミミ)~幕切れ(ロドルフォ・ミミのみ)

アンダースは、雰囲気豊かで含みのあるいい声を聴かせる。
アイッパーレも透明感のあるすてきな声。
2人とも叫ばない、味わい深いタイプで、とっても好み。
余白のMimi、チェボタリは思い入れの激しい女という感じでドラマテッィクな歌い方。
それに、ムゼッタで若きギューデン嬢がキラリと光る!

ソ連のと同様、テンポが大変遅く、劇場の真実は感じさせてくれない。
感情に訴えるというより、哲学的な物語になっている。

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