誰にも教えたくないレコードを聴く

アマチュア・オーケストラでヴィオラを弾いています。 過ぎ去りし日、森の中でクナッパーツブッシュのブルックナーの「ロマンティック」交響曲を聴いてこの世界に入りました。一曲を徹底的に聴き比べます。

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引き続き、ブランシュ・シーボムの声を聴く。
やはり、ブランゲーネを聴かないと。それも、あのフルトヴェングラーのレコードで。

そもそも、この「トリスタンとイゾルデ」、よく曲が分からない頃、この名盤を聴いていて、
思い起こせば何か違和感があったのだった。
それは・・・
女声2人の場面を聴いていて、どっちがどっちだか分からなくなってしまうのだった。
主役のソプラノ(イゾルデ)の方が、高くてきれいな声、
脇役のメゾ・ソプラノの方は、低くて地味な声という先入観をもって漫然と音楽に浸っていると・・・
あれれ?逆転?

つい最近まで、このシーボムという歌手のことはまったく分からなかったので、
メゾにしては、あまりに品のよい女らしい味のある声を味わうどころではなかったのだ。

主役のフラグスタートは、1935年のメトデビューだから、録音当時(1952年)はすでに
ベテランの時期。デビューの頃のクリスタルのような輝きはすでになく、逆に、1944年に初めて
ブランゲーネを歌い、メトで好評をもって迎えられたシーボムは、まさに油の乗り切った時期。
偉大な先輩との共演で、同じスカンディナビアの血をもつシーボムの張り切りようはいかばかりだっただろうか。
このシーボムを世紀の録音に起用したプロデューサーの慧眼に脱帽だ。


英国HMV ALP1030-1035
ヴァーグナー:「トリスタンとイゾルデ」
キルステン・フラグスタート(イゾルデ)、ブランシュ・シーボム(ブランゲーネ)、
ズートハウス(トリスタン)、フィッシャー・ディースカウ(クルヴェナール)他
フィルハーモニア管弦楽団
ウイルヘルム・フルトヴェングラー指揮
1952年


改めて聴くと、シーボムはやはり素敵だ。
この役、1幕の意味深長なイゾルデの歌のあとで、その深い意味を全く理解せずに媚薬を出すし、
2幕の逢い引きの場面で邪魔をするしで、ヴァーグナーが私生活で軽蔑していたとされる
「常識的な女」の典型で、いい役とは言えない。
しかし、ゆったりとした語りから叙情的に歌う場面がきて、やがて爆発的な高揚場面と続くこのオペラの中で、
聴いていて最も楽しい歌う場面でブランゲーネは登場する。

第1幕は、F=ディースカウの活気あふれる「モロルトの歌」から、フラグスタートの「タントリスの歌」、そして、死の薬の登場。これらをシーボムの歌がつないでいく。
1幕も2幕も本当にいいところだ。
また、あまりにイッてしまいすぎて、我々聴衆にはついていけない感じのイゾルデと、平凡な小市民である
我々とをつなぐ役がこのブランゲーネだとも言える。
他にも、メトのライヴで何種類か、シーボムのブランゲーネは聴けるようなので、
ちょっと比べてみようと思う。

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